

辺境の地で、無形の技と巡り合う。
雲南の古道の旅。
「雲南省」と聞いて、ピンとくる方はどれくらいいるでしょうか。
中国の西南に位置し、ベトナム、ラオス、ミャンマーと国境を接するこの地には、ペー族、ハニ族、チワン族、ダイ族、ミャオ族、チベット族など、実に25もの少数民族が暮らしています。それぞれの民族が育んできた、独自の文化。現地の風土と数千年の歴史の中で磨かれた伝統工芸技術は、時代を超え、今もなお息づいています。
中国人である私にとっても、そこは未知の領域です。飛行機や電車、タクシー、バス……あらゆる交通機関を尽くした先に、ようやく現れる場所。言葉さえも、通じる時と通じない時があリます。日本に暮らして16年になる大連人の私ですが、雲南省のこれほど深い奥地へ入ったことはありませんでした。今回は、一緒にこのビジネスをやっているパートナーのHayamaさん(実は葉山出身なんです)をナビゲートしながら、あの「壁」を越えた、さらに未知なる奥深くへと足を踏み入れました。
気負わない風合いのなかに宿る、ディテールへのこだわり。
優しく鼻をくすぐる木と土の匂い、遠くで響く鳥の声、肌を撫でる風。「本当にこの道で合っているのだろうか」そんな不安を抱えながら、確信のないまま一歩一歩、歩みを進めていく。
すると突然、その静けさを破るように、かすかな音が鼓膜を揺らしました。
――トントン、カラリ。
それは、時代を置き去りにしたかのように響く、手織り機の音。私たちはついに、探し求めていた手仕事の現場へと辿り着いたのです。
伝統を紡ぐ、静かなる聖地へ
一歩足を踏み入れると、そこには歳月の痕跡を刻んだ手織り機と、息をのむほど華やかな糸の数々が広がっていました。こここそが、国家級無形文化遺産伝承人の工房です。
「運が良ければ、ご本人にお会いできるかも……」そんな淡い期待を抱いていると、まずは織物を紹介してくれる現地の方が現れました。
差し出された織物を見た瞬間、あまりの美しさに目の動きが止まります。これが本当に人間の手で織り上げられたものなのかと、にわかには信じられないほどの精巧さ。
わずか1点のショールを仕上げるまでに要する時間は、2週間から1ヶ月。
気の遠くなるような手仕事を経て生み出される織物は、モチーフとなっている現地の豊かな自然に生きる植物や、象、孔雀といった動物たちの息遣いまで感じられるようです。人と自然が共生する雲南の日常が、そのままインテリアのデザインへと美しく昇華されているのです。
色鮮やかなものだけでなく、中にはシンプルなものもありました。
「日本の方々は、こういうシンプルで洗練された柄が好みだから、もっと詳しく紹介してもらおうね。でも、この鮮やかな色彩も日本の生活にうまく落とし込みたいな。シンプルで落ち着いた空間も素敵だけど、これからはもっと色を重ねていくお洒落も楽しみたいよね」
私がそう言うと、Hayamaさんは深く頷きながら言葉を続けました。
「変化を恐れずに色を飾ってみたら日常の景色が一新されて、心もきっと、すごく元気をもらえると思うんだよね」
そんなふうに顔を見合わせながら話していた、まさにその時でした。
なんと、奥からご本人が姿を現したのです。

国家級無形文化遺産伝承人とともに
日本人“第一号”の訪問者として
穏やかで優しい笑顔の奥に、確かな職人の光を宿したその瞳。
自己紹介を済ませ、一緒に旅をするHayamaさんを紹介すると、彼女は驚いたような表情を見せました。
どうやら、ここまで辿り着いた日本人は、Hayamaさんが初めてのよう。記念すべき「第一号」の誕生に、その場の空気が一気に和みます。
伝承人であるユエルシャオさんから、私たちは贅沢にもたくさんの物語を教えていただきました。
彼女がダイ族の織物技法を学び始めたのは、わずか15歳の頃。おばあさんから手ほどきを受け、その手を動かし続けてきたといいます。
ダイ族の織(織錦)は、現地で最も有名な伝統工芸の一つ。そのデザインは緻密を極め、製作工程は気の遠くなるほど複雑です。2008年には国家級無形文化遺産に登録され、中華民族の民間芸術における至宝として、極めて重要な位置を占めています。
ユエルシャオさんが自ら設立したこの工房は、単なる展示の場に留まりません。ダイ錦の文化を守り、時代に合わせた技術の革新に挑む、まさに「伝承の拠点」なのです。
「仕上がりをより精巧に、文様をより豊かに、様式をより美しく」彼女は長年にわたり研究を重ね、伝統をベースにしながらも、現代の人々のニーズに応えるデザインを融合させてきました。
工房に設けられた講習会場には、村の中高年や若者たちが彼女を師事して集まります。「より多くの人にこの技術を習得してもらい、ダイ族の織物を世界に知ってもらいたい」それが、彼女の何よりの願いです。
現在では、ユエルシャオさんのお孫さん(お嬢さん)もその技法を学んでいるとのこと。途絶えることのない伝承の灯火は、こうして代々、永遠に続いていくのでしょう。
----------
短くまとめるつもりが感動が溢れ出し、すっかり長くなってしまいました。
それでは、雲南の旅・第一弾はここまで。
この美しい工房の空気感や織物の質感をもっと感じてみたい方は、ぜひ現地の動画を覗いてみてくださいね。
他の工房や作品の様子も、一足先にお届けしています。
PS:
実は、織物作りを支えるご主人は大の「闘鶏」好き!地域の伝統的な遊びとして親しまれてい る闘鶏の姿も、動画に少し入っています。どうぞお楽しみに!